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大学の研究システム改革への6提案

-優れた個性を生かすインフラの強化を-

 

松尾研究会報

 

Vol.9 2000

 

 

財団法人 松尾学術振興財団

 

 

序にかえて

 

 当財団は、創立以来13年を迎えますが、財団の事業の中核をなす助成プログラムは、当初の趣旨に沿って、重要な基礎的分野でありながら、我が国の特殊事情でなぜか比較的陽の当たらない領域となっている原子物理学や量子エレクトロニクス領域への研究助成と優れた若手弦楽四重奏団育成のための音楽助成を中心に活動を続けてまいっております。97年度からは、財団設立満10周年を記念して創設した「松尾学術賞」の贈呈も行なうなど、財団の活動は順調に充実してきております。

 これらと並行して当財団が重要な事業として実施しているプログラムに調査研究があります。この事業は、いささかでも基礎研究の活性化に貢献し、学術・科学技術政策にも役立てていただこうとの趣旨のもとに90年度よりはじめたものであり、他の財団には類を見ない当財団独自のプログラムであります。毎年、新規にテマを設定して研究会を組織していますが、これまでのテマには、学術研究推進上の諸問題や当面する政策的課題のほか、先生方からのご意向を踏まえたものが選定されてきております。この研究会の特徴は、何よりも、自由な立場で議論をし、思い切った提言をしていただくことに基本姿勢をおいて運営がなされていることであります。その成果は、機関誌である「松尾研究会報」に発表し、関係方面にご活用いただいているところであります。

 00年度のテーマには、「大学の研究システムの改革」を取り上げ、松尾研究会を設置しました。ご案内のように、国立大学及び大学共同利用機関の独立行政法人化や第2期科学技術基本計画の策定などに見られるごとく、今日ほど、競争的研究開発環境の強化を目指した施策が打ち出され、注目されている時はありません。これらの中で大きな柱の一つになっているのが大学の活性化であり、新たな研究開発システムの構築が求められています。

 我が国の大学の研究環境を他先進諸国のそれと比べると、若手研究者の活動の基盤が不安定なことや研究補助機能の不足などが研究の創造性や効率の向上を妨げているなど、様々な問題が目に付きます。効率的な研究組織の運営と優れた研究者の育成とが、大学において両立しつつますます高度に発展するためには、大学研究組織運営の制度的枠組みやその風土に改革を加えることが必要と思われます。国立大学が「独立法人化」に伴う組織運営の改革を求められている現時点でこの問題を解決しなければ、内在する学問的な要請と、「科学技術立国」を目指す社会からの外在的な要請とが混在する複雑系としての大学を発展させることはできないように思われます。

 松尾研究会では、大学の研究組織と管理運営を巡るいろいろな問題的状況を分析し、それを踏まえて科学技術創造立国にふさわしい制度的な枠組みを再構築することを中心的な課題とし、多角的な立場からの自由闊達な討議がなされました。

 本報告書は、研究会における多岐にわたる論議の状況を整理し、その中から、国際的に大幅に立ち遅れている研究組織のインフラの強化と高度で独創的な研究業績を期待する視点に立って、大学等の組織運営体制を変えるための改革の突破口となると考えられる論点を、6つの提案の形に取りまとめたものであります。おかげさまで、今後の大学における研究体制の望ましいあるべき姿を素描することができましたことを、大変にうれしく、ありがたく存じております。

 このたびの「大学の研究システム改革への6提案ー優れた個性を生かすインフラの強化を」が、大学等の関係者間に一層の論議を深めるための踏み台になり、大学の組織運営が新しい21世紀の時代に向けて創造的な仕組みの在り方へと変化し、とりわけ、若手研究者の育成と研究支援機能にとっての本質的な環境改善が前向きに進展することを期待し、また、科学技術・学術行政の新しい施策の展開に少しでもお役に立つことができればと願っております。

 最後に、本研究会の委員各位から寄せられた種々のご指導とご尽力に対しまして、深く感謝と敬意を表しますとともに、この調査研究にご協力くださいました関係各位に心から感謝を申し上げる次第であります。

 

 2001年3月

(財)松尾学術振興財団

理事長  宅 間  宏

 

はじめに

 

今、我が国は大きな変革の時期にある。新しい世紀を迎え、種々の面でのグローバライゼーションが生じる一方で、国としてのビジョンを確立し、世界的な責任を果たしていくためには、従来の体制では充分ではなく、社会的な種々の面において構造的な変革を遂げ、新しい体制を整えることが求められているのである。この流れにおいて、大学も例外ではなく、我が国の科学技術政策に沿った新しい役割を果たすための大きな変革が期待されている。

現在は科学技術、産業、文化の種々の面で国際競争が激化し、大学の重要な機能である知識の創造と体系化の推進、独創性に富む人材の育成が従来にもまして強く求められる一方、少子化による18歳人口の減少もあり、大学の自治能力を発揮してそれぞれが個性化、多様化、国際化などを図り、大学間の高レベルな競争が期待されるようになってきている。また、昨今は、行政改革との連携で国立大学の独立行政法人化が検討されており、大学としての経営能力の確立も期待されているところである。しかしながら、多くの大学においては未だに成長経済時代の護送船団方式のぬるま湯文化が蔓延し、自治能力を発揮して時代の要請にこたえる変革に取り組んでいるとは言い難いのが現状である。勿論、大学変革を必要とする根源には複雑・多様な事象が絡み合っており、その問題点の整理も必ずしも十分になされておらず、解決の方向も明らかとは言えないことも事実である。

現在の国としての科学技術政策は、平成7年に制定された科学技術基本法に基づく科学技術基本計画に沿って展開されており、また、本計画の第2期版も準備されている。これを受けて大学の物理的な環境も整備されつつあるが、その反面、政策的なゆがみが時間遅れを伴って様々な形で顕在化する傾向もある。特に、研究資金が激増する一方において、研究者の需給見通しは殆ど考慮に入れられておらず、研究者の流動化も一向に実効があがっていない。こうした状況の中で「ポストドクター(PD)1万人支援計画」が推進され、研究環境の活性化に一定の役割を果たしているものの、将来への展望を持てないままに多数のポストPDを生み、多くの「PDのはしご現象」を生じているのも事実である。真に若手研究者を活かせる制度的仕組みが準備されていないという点からも、決して楽観的になり得ないばかりか、「科学技術創造立国」の与えるイメージとは程遠い現状にあるといわざるを得ないのである。

創造的な若手研究者を多数育成し、その力により我が国の科学技術研究の展開を図るためには、長期的・持続的な我が国の人材配置計画も含み、確固とした将来ビジョンが必要であり、既存の大学の文化の上にPD支援の計画を付加するのみでは十分ではないことは言うまでもない。また人材流動化の為に、研究者の「評価」制度も取り入れられることが多くなって来てはいるものの、評価を行った結果に応じたフィードバックが働くメカニズムが準備されておらず、期待される学長・部局長などのリーダーシップもそれを発揮できる環境が整備されていないなど、マネージメントに関する文化的基盤はきわめて貧弱であるのが大学の実情である。

したがって、今、大学にとって必要なことは、国際的な視野にたって、長期的にあるべき新しい時代の研究体制を構想し、その方向に向かって、現在の組織運営の仕組みを一つ一つ変えていくことである。そのような努力を具体的に現すことこそが大学の発展的展開に向けた自治能力の示し方であり、大学が社会から信頼を取り戻す唯一の道であるといえる。

このような観点から、本研究会においては、我が国の研究体制の現状を直視しつつ、大学に期待される機能をより高いレベルに、かつ効果的に引き上げることを期し、必要な改革を図るための基本的方策を求めて長期的視野に立って議論することを基本姿勢としたものである。研究会においては、大学の研究現場で抱えている様々な問題についても基本的課題との関連を考慮しながら検討がなされ、委員からは幅広い貴重な考え方や意見が多数出された。それらの中には、比較的見解の一致したものも、意見を異にするものもあったが、論点の集約に当たっては、大学改革のコアになる部分についてその望ましい姿を素描することを目指した。

この報告書は、「大学の研究組織と管理運営に関する提案」、「ポスドクを生かす枠組みに関する提案」、「リージョナル研究支援システムに関する提案」の3つの柱から構成されており、6つの提案にまとめられている。それぞれに触れられた改革構想は、できるだけ具体的な考え方、提案内容とその背景を明らかにすることを旨として作成されている。日頃より大学改革に熱心に取り組んでおられる各大学当局と諸先生並びに科学技術・学術行政に係わる担当者におかれては、本報告書を踏み台にして、一層の討議を重ねられ、大学改革の施策立案などに役立てて頂ければ幸いである。

本調査研究においては、松尾学術振興財団の理事長・宅間宏先生にも常時ご出席いただき、適切なご助言・ご提案を賜り、また、研究会の議事整理、報告書の取りまとめにご尽力された同財団の方々に対し、研究に参加した全員を代表して、深く感謝を申し上げるとともに、毎回積極的にご発言くださった委員の先生方及び調査研究協力者の方にも心から御礼申し上げる次第である。

 
2001年3月

松尾研究会座長
国連大学副学長
東京大学教授

鈴 木 基 之


 

目   次

 

 

序にかえて 

はじめに

調査研究の背景と目的

 

大学の研究システム改革への6提案

 

1.大学の研究組織と管理運営に関する提案

提案第1 (研究組織の機能と運営の改革)

提案第2 (内からの国際化への改革)

提案第3 (教員の人事・処遇の改革)

提案第4 (学長等のリーダーシップの発揮)

2.ポスドクを生かす枠組みづくりに関する提案 

提案第5 (若い力を生かす制度のソフトウエア)

3.リージョナル研究支援システムの創設に関する提案

提案第6 (新しい研究支援体制の構築構想)

 


 

調査研究の背景と目的

 我が国において、今日ほど、科学技術政策の重要性が認識されるようになった時代はない。国際環境の激化する21世紀に向けて、知識基盤型経済を目指さずして日本の将来はないということが、国民的コンセンサスになったと思われる。

 こうした情勢を受けて科学技術振興方策が花盛りであるが、現在、第2期科学技術基本計画の施策が打ち出されている中で、大きな柱となっているのが、研究開発の重点的戦略的な推進と科学技術システムの改革である。もとより、大学及び大学共同利用機関(以下「大学」という。)だけが、そのような基本的構造改革の例外ではあり得ない。

 すなわち、競争的環境の進展が加速化し、真の国際化への転換が要請される中で、現行の大学の研究組織や管理運営の実情が、多くの弱点を露呈していることは、あまりにも明らかである。より競争原理を導入し、人事のヨコの流動性を促進し、研究の発展状況に応じて研究組織の在り方を変えることのできる、しなやかな研究システムを確立していかなければ、国際競争に太刀打ちができないばかりか、大学自体が激動時代から取り残されてしまう。大学は、今、自治能力と組織運営の在り方が問われているといえる。

 本財団では、このような現状認識に立って、大学の研究組織と管理運営を巡るいろいろな問題的状況を明らかにするとともに、それらを踏まえて、独立行政法人化への移行をも視野に入れながら、科学技術創造立国にふさわしい組織運営の制度的な枠組みを再構築することを期して多角的な検討を行い、各大学が自主的改革に取り組む際に参考となるような方策を調査研究することを目的として、「大学の研究システムの改革」をテーマとする松尾研究会(座長:国連大学副学長・東京大学教授 鈴木基之)を平成12年6月に発足させたものである。

 研究会では、自然科学系を中心に人文・社会科学の特性にも配慮を払いつつ、6回にわたり、広い立場から自由かつ率直な論議が集中的に行なわれ、特に、大学の現場が抱えている諸課題の基礎をなしているものに対して目を注ぎ、現状の問題点の把握や検討課題についての共通理解に努めるとともに、それら課題への対応策についても大胆な検討を進めた。論点は多岐にわたったが、その中で最も重要なものは若手人材の育成であるという視点を中心に据えて、自己改革システムを内包する研究組織への転換、ポストドクター研究者(以下「ポスドク」という。)を生かすための制度的枠組みづくり、インセンティブを与えるようなリージョナル研究支援システムの構築等を改革の突破口になるものとして取り上げ、ここに、6つの提案をすることにしたものである。未熟で舌足らずの点が多々あるが、この報告書を踏み台にして、さらなる論議の深まる出発点になることを期待し、参考に供することとしたものである。

 なお、本研究会の委員構成は、本報告書の末尾に掲げている。

 

大学の研究システム改革への6提案

ー優れた個性を生かすインフラの強化をー

 

提案第1

大学の研究機能を高めるために、優れた研究者をより正当に評価し、その結果を的確に研究の展開に反映させるよう、研究組織のスクラップ・アンド・ビルド、適切な資源配分が可能となる体制を整備する。



提案第2

研究活動の国際化に対応し、大学を優れた研究者にとって魅力的な場とすることが国際的競争力を持つ研究組織として不可欠となっている。まず、このような条件を備えたモデルとして半数程度の研究者が優れた外国人であるような研究組織を創設する。


提案第3

大学の教員人事において、教育・研究上の責任にふさわしい能力を持つ人材を広く求めるために、同一機関内部での昇進は避け、教育・研究能力に見合う処遇ができるような制度を導入する。



提案第4

大学がそれぞれの使命を達成し、社会的責任を十分に果たすための運営能力が学長を中心とするリーダーに求められる。このため、学長等の権限を強め、その選任方法についても新しい工夫を凝らす。



提案第5

ポスドクは、個々の研究グループにおいて不可欠な要素であると共に、研究者養成の重要な一段階である。研究能力が十分に開発される研究環境を整え、期間終了後にその成果が正しく評価され、それに報いることのできるような仕組みを整備する。



提案第6

大学における研究支援業務の充実については、職能の尊重と人事・処遇の改善を図る視点に立ち、研究支援者の組織化と交流の促進により総合的・効率的な機能が発揮できるようなリージョナル研究支援システムを整備する。

 

 

1.大学の研究組織と管理運営に関する提案

 大学の組織運営の改革は、各大学の自らの責任に基づき行なわれるベきものであるが、その活性化方策については、文部省大学審議会から「大学運営の円滑化について」(平成7年9月)、「大学教員の任期制について」(平成8年10月)の答申がなされ、すでに多くの大学において組織的な取組がなされているところである。

 しかしながら一方で、時代の変化や社会の要請とともに、学問それ自体の要請に根ざす大きな変化に対応する自己改革の立ち遅れが指摘されてきている今日の大学の諸問題は、「大学の自治は教授会の自治である」という伝統的な考え方や制度とその運用の仕組みに由来するところが大きいと考えられる。特に、我が国においては、組織運営の根幹をなす研究評価とマネジメントを育てる文化基盤が弱く、その間にあって、学長がリーダーシップ機能を発揮しづらい環境にあることを認めなければならない。

 こうした課題を巡っては、平成8年に「第1期科学技術基本計画」の策定後、一連の大学改革の努力が進められ、点検・評価の実施をはじめ、組織運営面での改善に進展が見られる状態に至っているが、全体としてみると、なお一層の主体的改革に向けた取組が期待されるところが少なくない。とりわけ、国立の大学については、独立行政法人化の動きを機に、その自由度を一層拡大し、研究の活性化を図るとともに、国際的にも競争力と魅力を高めることができるよう、大学の組織運営の枠組みをより創造的な在り方へと変えていく努力が従来にまして強く求められる。

以下の提案においては、大学の重点的整備と公正な個人業績評価に基づく優れた能力を生かす研究環境の整備の2本柱がそれぞれに有機的に噛み合いながら、大学現場の研究機能が活性化されていくような新しい対応の仕組みを構築することが最も重視されなければならないことを共通的な基本原則とした。

提案第1

大学の研究機能を高めるために、優れた研究者をより正当に評価し、その結果を的確に研究の展開に反映させるよう、研究組織のスクラップ・アンド・ビルド、適切な資源配分が可能となる体制を整備する。

(説明)

 ますます厳しさを増す国際競争の中での研究体制は、競争と協調の原理のもとに、研究評価と人事の流動化が円滑に機能する自己改革のための仕組みを組み込んで組織化されなければならない。

1. 研究組織の評価においては、学問研究が本来持つ特性を踏まえた側面に十分留意し、公正と透明性を確保する。その際、特に研究者の学問的な質や業績を中心にする評価システムを整備するとともに、評価結果に応じたフィードバックが働く体制を確立していくことが必要である。

2. 具体的には、研究組織のスクラップ・アンド・ビルドをも視野に入れて、研究組織の柔軟な再編成を促進し、資源配分にも適切に反映ができるように改善を進める。とりわけ、高い評価を得た研究に対しては、その進展状況に応じて、人員あるいは競争的研究資金の弾力的な投入等の対応ができるような、しなやかな研究システムを確立することが必要である。その際、若手研究者の自主性と多様性は独創性を発揮する基礎であることを考慮し、特に有望な若手研究者の研究を支援する体制の強化にも十分な配慮がなされるべきである。

提案第2

研究活動の国際化に対応し、大学を優れた研究者にとって魅力的な場とすることが国際的競争力を持つ研究組織として不可欠となっている。まず、このような条件を備えたモデルとして半数程度の研究者が優れた外国人であるような研究組織を創設する。

(説明)

 最近におけるグローバル化の進展により、科学研究は国境を越えて国際的な共同行為として営まれる傾向が一層強まり、世界的に著名な欧米の大学でさえ、優れた人材を世界的な視野で求め、科学技術の最先端でのリーダーシップの維持に力を入れている。これに対応して、我が国の次世代を担う若手研究者も、より良き研究環境を求めて海外に流出しているような現実を考えれば、今、我が国が研究組織の国際化への改革を怠れば、国際競争力を喪失するばかりでなく、科学技術の地盤沈下は避けられないであろう。

 そこで今後は、我が国の頭脳流出を防止し、外国からの頭脳流入を奨励できるよう、国際化への根本的な発想転換を行い、世界からも魅力の感じ取られるような研究環境の強化・充実を図ることが必要である。以下に述べるのは、今後取り組むべき課題の改革の端緒をなすものと考えられる案である。

1. 「外国人教員任用法」の制定により、パーマネントな教授や助教授等の任用は、現在でも可能な体制になっているが、実際の運用が余りに開放的でないことを考慮し、教員定員の一定割合を外国人に当てる規定を設け、原則として国籍・言語・性別の差は問わないようにする。

2. 外国を国内に取り込む形での国際化を推進し、研究現場を先導するという観点から、真の意味での国際的な研究組織をモデルとして創設し、国際的な特別区として運営する。

  モデル校においては、大胆な人事やレベルの高い研究者をスカウトして、国際的にもインパクトを与えるような管理運営がなされることが重要である。このため、組織づくりのトップにはノーベル賞クラスでマネジメントにも優れた人を迎えて、その立上げを一任することも一案である。なお、このような国際的研究組織のモデルは、自然科学系分野で先ず構想するにしても、それに限られるものではなく、社会科学や人文科学の分野でも、その必要性が大きい。

3. 科学研究費補助金をはじめとするグラントについては、ランゲージ・バリアをなくし、外国人研究者が同等に競争できるような環境を整備する。

提案第3

大学の教員人事において、教育・研究上の責任にふさわしい能力を持つ人材を広く求めるために、同一機関内部での昇進は避け、教育・研究能力に見合う処遇ができるような制度を導入する。

(説明)

 教員の採用に当たっては、性別を問わず広く人材を求め、研究者の流動性を高めるためにも公募制とすることが必要であるが、特に優秀であれば、たとえ若手であろうとも、年令に捉らわれずに教授に採用することができる、公正な競争原理と評価機能の働く人事任用制度を整備することが最も重要である。いやしくも、情実や同族繁殖の通弊におちいることのないよう制度的に検討する必要がある。

 このような人事任用体制は、他方において、教員の地位を魅力のあるものにするための処遇の改善が伴わなければ、その効果が発揮できないことを考慮し、教員の待遇を適切なものになるように改善する必要がある。そのため、新たに教育研究能力と業績を反映した柔軟な給与体系やサバティカル・リーブ制度を導入することを検討する必要がある。また、女性研究者の活躍が大いに期待されることから、勤務環境の一層の充実が望まれる。

 このような観点から、以下の事項は、提案第1及び提案第2に提示した大学の組織運営の今後の在り方を裏付け、期待される機能を十分に発揮し得るための基礎的な条件であり、今後の教員人事改革の突破口として重要であると考えられる。

1. 教員の人事については、これまで多く指摘されてきた身分保障に安住し、研究活動の停滞が生じやすいという欠陥を改めるためにも、優秀な人材を吸引するとともに、学問交流と横型人事の流動性を促進する新しい制度的仕組みや研究条件等を工夫する必要がある。例えば、任期制の導入の定着と発展を図るに当たっては、他の大学や研究機関あるいは社会との間の円滑な人材交流を容易にするため、給与、退職金、年金などの面での不利益を解消し、あるいは、科学研究費補助金等で購入した研究資材等の移転を認めるなどの措置を講ずるよう、現制度の改善を図ることが必要である。

2. 特に、若手教員の人事については、とかく助手の人事に見られるように、一つ間違えれば固定化につながりかねないことを考慮すれば、採用時の入口での評価がきわめて重要である。学閥等によることなく学問的レベルを基礎にして行うことを重視すべきである。また、若手教員においては、その流動性を保ち、自立性と異分野との交流を促すよう配慮することが必要である。このため、原則任期制とし、採用後の内部昇進は1回に限定する措置を併用することが、より効果的である。その際、教授への内部昇進は避ける等の措置を考慮すべきである。

3. 教員の処遇の画一性・硬直性がマイナス要因となって、有能な人材が民間あるいは海外に流出してしまう現象を招くなどの深刻な影を落としている状況を改善するため、人事評価基準に、例えば、優れた成果の創造あるいは国際的な競争環境にある新しい分野の開拓への先導的展開に対する貢献度を新規に加えて、それに見合う高い処遇ができるよう、「能力給」を導入した給与制度の設計を検討する必要がある。

提案第4

大学がそれぞれの使命を達成し、社会的責任を十分に果たすための運営能力が学長を中心とするリーダーに求められる。このため、学長等の権限を強め、その選任方法についても新しい工夫を凝らす。

(説明)

 我が国の大学は、自治を建前としているが、それには管理運営のできる適任者が得られることの前提があるといえる。独立行政法人化されれば、学長等の自由裁量の範囲がより拡大されるが、リーダーシップというからには、大学のリーダーは精魂を込めて、教員の教育研究活動あるいは対社会活動など、すべての関係を総合して、新たな可能性をもたらすような特徴的なスタンスを提案し、積極的に推進するなど、組織運営体系に創造性を付加するくらいの指導性を発揮する必要がある。その際、人文・社会科学との調和の観点をも盛り込んで大学全体としての体制整備を進めることが必要である。

 そのためには、リーダーシップ機能を発揮しやすくするための環境整備について、それぞれの大学の実情に応じて、特に配慮することが重要である。少なくとも、以下に述べるようなことは、組織運営の根本にかかわり、大学のリーダーが中心となって指導性を発揮することが期待されているといってよい。

1. 大学のリーダの選出については、その信念と責任に基づいて行動できるような適任者を得るため適切な方法を工夫することが必要である。特に学長には、例えば、経営センスや実行力を指標にして適任者を選ぶことも一つの方法である。このため、学長の選挙においては、各候補者はどのような課題に取り組み、その責任を果たそうとしているのかについて、それぞれが構想を述べ合い、投票により選出されれば、学長にその具体的な実現を一任することが考えられる。

2. 自治管理機能を考えるとき、組織・編制が複雑化し、規模が大きくなると、その機能が著しく低下する原因になるが、現実には、その規模に限度を設けるよりも、量的拡大によって物事を解決しようとする発想が優先し、分割ないし廃止の発想に乏しい傾向が見られる。研究組織の整備は、基本的には、ボトムアップの性格のもので、研究者の意向を適切に汲み上げて計画すべきであるが、時にはリーダーが大所高所からの判断に基づいて、トップダウン方式で研究者を刺激し、研究組織の設置改廃について説得のある形で組織体としてのコンセンサスをまとめて意思決定を行い、実行することも必要である。それが学問研究のニーズに対応し、積極的に改革しようとする理念に基づいた計画のものであれば、まぎれもなく、リーダーシップ行動(「集団的リーダーシップ行動」)であるといえる。

  私立大学にとって、組織づくりは、財政的経営にかかわる問題であるが、他面、大学を活性化する要素でもある。学長は、理事会と協調しながら、それに係わる施策を具現化するため、両者の権限関係を明確にし、学長のリーダーシップが発現しやすい環境づくりを行なうべきである。

3. 教員人事は、大学の質を規定するといってもよい程の重要な要素である。大学のリーダーは、研究機能が内部から衰退しないよう、人事の管理運営について学内に問題提起を行なっていくことが必要である。あまりにも偏った教員人事、研究組織の世代交代や設置改廃による教員の移動、辞職等に関連して、何らかの係争が生じた場合においては、学長が適切な措置を取り得るよう、リーダーシップ発現に必要な条件を整備しておくことが必要である。教授会に人事に関する大幅な権限がある以上、それに誤りがあった場合には、自己修正する機能が、大学の自治の中に内蔵されていなければならないという考え方に基づくものである。

4. 大学の財政的基盤の強化は、教育研究の質的向上のためにも不可欠であり、リーダーシップ機能の発現が最も期待される事項である。特に、予算執行においては、限られた経費の有効活用のためにも、リーダーの自由裁量の拡大が認められてよい。これから国立大学が独立行政法人化されれば、民間経営要素も加わることから、外部資金の多元的導入による財源確保が求められる。このため、学長等は、財政的にも、競争的研究資金の確保を一層促すとともに、産業界や地域社会との連携を深め、開かれた知的組織として機能するよう、学内を誘導することが必要である。こうした外的資金に対して一定比率で配分されるオーバーヘッドは、学内に還流を図り、全学的な視点から効率かつ柔軟に活用できるような対策を講ずることが求められる。例えば、発展性のある分野や政策的に全くノーマークの分野(収益事業につながらないような基礎的分野など)あるいは若手研究者の育成のために、弾力的な手当てがなされれば、メリハリがついて、実効性が期待できる。

 

2.ポストドクターを生かす枠組みづくりに関する提案

 ポストドクター制度は、国の「ポストドクター等1万人支援計画」の推進により、ポスドクが活躍する場を広げ、研究環境に活性化をもたらす効果を与えているが、その反面、将来への展望が開けないままに国の研究開発プロジェクトの間を渡り歩く、いわゆる「はしご現象」が顕在化し、質的な面からみて、ポスドクの存在感の希薄化を招きかねないような新たな政策的問題群が現れてきている。同時に、先の見えないポスドクの閉塞感が大学院生の心理に重くのしかかっている。これでは、研究者養成計画は破綻し、我が国の学術研究は成り立たない。

このような視点から、これまでのポスドク支援制度とその運用を見直し、ポスドクの先行きに魅力と希望が実感でき、かつ、ポスドクの質の向上につながるような、より実効性の高いポスドク支援施策システムに改善することが必要である。

提案第5

ポスドクは、個々の研究グループにおいて不可欠な要素であると共に、研究者養成の重要な一段階である。研究能力が十分に開発される研究環境を整え、期間終了後にその成果が正しく評価され、それに報いることのできるような仕組みを整備する。

(説明)

 ポスドク制度は、第1期科学技術基本計画により、我が国における若手研究者の層を厚くし、研究環境の活性化に貢献している。

 しかしながら、大学にはポスドクの年齢に相当する助教授や助手が存在し、例えば、研究指導教員との関係において独自性を発揮しにくい場合があったり、あるいはその期間終了後の進路に展望がもてないなどといった課題も残されている。

 ポスドク制度は、「キャリアパス」として互いに切瑳拓磨してプロの研究者への階段を登りつめていく出発点であること再確認し、ポスドクの質的向上と雇用環境の改善を図るために、ポスドク制度の運用の在り方を再設計することが必要である。

1. 最も重要なのは、優れた指導教員の下で、学問的興味にモチベートされて自主的に研究に取り組める自立性・独立性が保障されることである。このため、少なくともフェローシップ型ポスドクの採用については、教員自身が適正な競争条件下で最も適した人材の選考を行い、それに基づいて日本学術振興会等の機関が決定することが望ましい。

  この考え方は、「外国人特別研究員制度」にも適用されるべきである。この際、採用時期を明確にしておかないと、優れたポスドクが他国に流れてしまうことを考慮し、当該受入機関がクレジットをもってポスドクを自由に採用し、場合によっては、研究機関への割当が可能なシステムに変えることも検討に値しよう。

2. ポスドクが競争的研究環境の中で、その能力を最大限に発揮し、その成果が正しく評価されるように、研究費の制度・運用を改善する。例えば、指導的な教員がポスドクとともに行なう研究への割合を拡大したり、「特別研究員奨励費」(科学研究費補助金の種目)を「ポストドクター研究費」(仮称)に再編し、高額の研究費を与え得るシステムにすることが必要である。それに対する研究評価は、外部評価により実施し、その結果いかんでは研究費の金額や交付期間の弾力的変更ができるようにすべきである。とりわけ、フェローシップ型ポスドクについては、研究業績の上がらない者に対しては採用の打切りを含む措置を容認する。

  こうした競争原理が働く研究者養成の過程の中での切瑳拓磨により、将来、日本のリーダーシップのとれる研究者の育成が期待される。

 ポスドクが、常に先導的な研究論文のために、次ぎなる段階への飛躍を求めて、研究組織間を移動することは、きわめて有効であり、キャリアパスとして捉え、その積極的な意義付けを行なうべきである。

  きわめて高い論文をまとめ、その研究価値が評価されれば、「提案第3」でも触れたように、年齢に捉われることなく、例えば、ポスドクから直ちに大学の教授への採用を認めるなど、柔軟な教員人事が行なわれる必要がある。

  また、ポスドク制度を活用しての研究経験に対しては、社会的にもキャリアとしての特典を与え、大学間にとどまらず、大学ー企業間を流動する循環システムを構築し、ポスドクが多様な機会を捉えて活動できる道筋を開くなど、雇用環境の抜本的改革を図ることも必要である。

  この推進のためにも、ポスドクに関する情報の収集・提供システムの整備を一層促進することが求められる。

3. ポスドクの研究面における知的冒険や試行錯誤は許容されるべきであるが、研究実績なくしては生き残れないことをも自覚しなければならない。

  最近は、競争的研究資金が急速に拡大し、結果的に、これが研究者に、いわば「バブル心理」をあおり、若手研究者が流行的なテーマに飛び付くような傾向を生んでいるが、若い間に学問の基礎を固めて優れた個性を伸ばすことが、いつの時代でも基本的に重要である。学問的基礎さえあれば、欧米の研究者が切り開いた本流の支流的な流れから入っても、そこから新源泉を発見し、新本流に育てあげることができるからである。研究組織の管理者は、そのような研究環境づくりに指導的役割を果たすよう努力すべきである。

 

3.リージョナル研究支援システムの創設に関する提案

 欧米の研究機関と比較して、我が国の研究組織のインフラの整備は甚だ弱体であり、とりわけ、研究者個人の優れた能力を十分に発揮させるにも研究支援者数が十分でないばかりでなく、グラントで雇用するのも制約があって殆ど自由がないなど、我が国のサポートティング・システムは国際的に大幅な遅れをとっていることは、有識者が一様に認めるところである。これでは、研究者の創造性を生かし、国際競争に伍していくどころではない。

 第1期科学技術基本計画では、研究支援者の計画的確保を掲げ、研究者2人当たり研究支援者数が早期に約1人になることを目標に充実を図ることを提言したが、定員増が期待されない現状では現実性に乏しく、それこそ「無いものねだり」の性格の計画になってしまっているのに等しい。

 したがって、現在的な対策よりも、むしろ独立行政法人化の流れの中での今後の変化と発展を見極めながら、その間の定員増が望めないことを前提にして、それに対応する新しい研究支援体制の制度的枠組みを工夫する必要がある。

 欧米の大学の例を徴しても、研究支援機能はアカデミズムと一体化して、その重要性がますます増大しているが、我が国のアカデミズムには、研究支援業務は2次的で一段とレベルの低いものとの価値認識が、今でも底流をなしている。その背景には、我が国の大学が持つ構造的欠陥があるものと考えられる。

 すなわち、研究支援体制は、職員の多くが個別の研究組織の構成要素として自然発生的に講座とか教室とかに組み込まれた、いわゆる「縦系列」の分散型組織で編成され、専門という「横系列」では、性格の異なる多様な研究支援業務が共存し、人事の横の動きがなく、職務の権限関係も明確でないという、きわめて歪んだ錦織構造の上に成り立っている。しかもそこには、職務への尊重とかシステムとしての評価機能もなく、いくら努力をしても、それに報いるインセンティブの仕組みもないのが実情である。

 こうした今日の研究支援体制に内包される様々な構造的問題点を解決し、かつ、最近における学問体系や技術体系の広がりと変革がもたらす研究支援業務に対する研究上の多様で高度な要請を生かすためには、これに対応する新しい制度的な工夫が必要である。

 すなわち、大学の固有の組織を超えて人的リソースやフルラインの設備を地域的に組織化して効率的に生かす広域的研究支援組織をつくり、人事交流や研修等の施策と相俟って、研究支援職員の資質の向上と処遇の改善を一体的に実現し、研究支援機能の活性化と予算の拡大につなげることが重要である。

提案第6

大学における研究支援業務の充実については、職能の尊重と人事・処遇の改善を図る視点に立ち、研究支援者の組織化と交流の促進により総合的・効率的な機能が発揮できるようなリージョナル研究支援システムを整備する。

(説明)

 大学における研究支援業務の職種と専門性の度合いは、多岐多様であり、それぞれの大学が専門分野や研究内容に応じて研究支援職員をワンセットで揃えることは不可能である。また、研究支援者数は、国立大学においては、むしろ減少傾向を示しており、研究支援体制の整備は、大学単位で解決できる限度を超えている。職能の尊重と人事・処遇の充実を期する上からも、広域的な大学連合組織の下に、研究支援者の組織化と交流の促進を図り、総合的・効率的に研究支援機能の発揮を可能にする、新しいスタンスへ変えることが必要である。

 今、各大学には、独立行政法人化をにらみながら、様々な学内改革や他大学との統合・連携への取組みの動きがあり、他方、地方分権と関連して道州制による全国立大学の再編という独自な構想までが提案されている。大学の連帯の下にブロック化して組織する、このリージョナル研究支援システムの構想は、これらの大学改革に関する流れの延長線上の考え方と位置付けられ、決して実現困難なものではなく、それを実行するかどうかの意志と努力にかかっているといえる。

 このような観点から、次の各項目に述べるものを研究支援体制の改革に関する基本構想として提案する。この改革構想は、研究の質的充実を目指すものであり、この推進に当たっては、適切な財政措置が講じられなければならない。

(1) リージョナル研究支援体制の在り方

1. リージョナル連合構想の基本的枠組み

2. 研究組織との協力関係の在り方

(2) 人事・処遇の在り方

(3) 技術者資格認定制度の導入

(4) 研究支援業務に関する情報収集・提供機能の充実

(5) フィージビリティ・スタディの必要性

                                        ー以上ー